千夜@senya
お題: 「昨日の私に会えたら

昨日の私に会えたら、並木通りを過ぎた交差点を右に曲がるなと伝えたい。倒れている人を見つけなければ、助ける義理は生まれないのだから。スーツをビシリとキメて阿部寛のような顔立ちをした男性が歩道に仰向けになっていた。表情は凛々しく、曇りのない目で空を見ていた。まなこに曇りがなさすぎて、私の方が間違っているのかと思った。地面に対して、垂直に立つ方が普通なはずだ。突き抜けるような青空だった。「青空は罪だ」と男性は言った。「聞いてくれるかそこの御仁。私が動けなくなったのは、この青空のせいなのだ。季節は秋に差し掛かり、先日まで続いた雨もすっかり止んでしまった。紅葉が色付いているのではないかと期待して、視線を彷徨わせたのが運の尽きだった。まだ青い紅葉の隙間から、見えた青空があまりに高く、すっかり歩けなくなってしまった。私はダメ人間ではない。青空が悪いのだ。青空が悪いのだ」男性は涙を流していた。私はさっき買ったばかりのチキンフィレオを男性の横にそっと置いた。吸い込んだ空気はやけにひんやりして、見上げた空は確かにいつもより高く見えた。お腹がグルルと鳴って、自分で食べればよかったと少し後悔した。