タイムスリップというものは意外と簡単で、木の棒を立てて作った日時計の、影を掴んで反時計回りに動かすだけで簡単に時間を戻すことができる。一度に戻せるのは24時間以内だけど、非常に便利だ。私はこの力のお陰で学校の成績もいいし、人間関係も上手く立ち回れているほうだと思う。戻る、と言っても時間を戻してやり直せるわけではない。指定の時間にちょっと戻って過去の自分に伝言ができるだけだ。伝言によって変わった未来は私の現在に反映される。 一度に戻れるのは24時間だけどこれには裏技があって、24時間前の自分にさらに昔の自分に伝言することを頼めば、ずっと昔の自分に伝言ができる。 私は入学式の日の自分に伝えなければいけないことがあった。 影を掴んでぐるりと回す。過去の自分に伝えることは決めている。 巻き戻りを入学式まで繰り返すこと。入学式に遅れないこと。学校近くのコンビニに寄り道しないこと。ハルカという人間と関わらないこと。 ハルカというのは私と関わったせいで不幸になった親友の名前だ。昨日の私はちゃんと一昨日の私に伝えてくれるだろうか。日時計を回すと強烈な目眩がした。
千夜
@senya
2026年6月 から
お題: 「昨日の私に会えたら」
お題: 「昨日の私に会えたら」
昨日の私に会えたら、並木通りを過ぎた交差点を右に曲がるなと伝えたい。倒れている人を見つけなければ、助ける義理は生まれないのだから。スーツをビシリとキメて阿部寛のような顔立ちをした男性が歩道に仰向けになっていた。表情は凛々しく、曇りのない目で空を見ていた。まなこに曇りがなさすぎて、私の方が間違っているのかと思った。地面に対して、垂直に立つ方が普通なはずだ。突き抜けるような青空だった。「青空は罪だ」と男性は言った。「聞いてくれるかそこの御仁。私が動けなくなったのは、この青空のせいなのだ。季節は秋に差し掛かり、先日まで続いた雨もすっかり止んでしまった。紅葉が色付いているのではないかと期待して、視線を彷徨わせたのが運の尽きだった。まだ青い紅葉の隙間から、見えた青空があまりに高く、すっかり歩けなくなってしまった。私はダメ人間ではない。青空が悪いのだ。青空が悪いのだ」男性は涙を流していた。私はさっき買ったばかりのチキンフィレオを男性の横にそっと置いた。吸い込んだ空気はやけにひんやりして、見上げた空は確かにいつもより高く見えた。お腹がグルルと鳴って、自分で食べればよかったと少し後悔した。